新潟県退職者連合 幹事(新潟県労働金庫退職者の会会長) 中村 綾男

 

 好きな作家の一人に、原田マハさんがいます。しかし、マハさんの本で、これだけは読みたくないという本がありました。「1分間だけ」という本で、愛犬のゴールデンリトリバーに病気が見つかったいう内容のものです。私も犬と一緒に暮らしている(飼っていると言うと妻に叱られる)ので、ストーリーを想像して「この本はちょっと無理かな」と思っていました。

 しかし、マハさんの未読の本も少なくなってきたことと、気持ちがいつもよりポジティブだったのか、「勇気を出して」読んでみようかという気になり購入しました。「1分だけ」という内容は、想像していたものと少し違っていましたが、年とともに涙腺が緩くなってきたこともあり、予想していた通り、涙、涙の連続でした。

 そうだよな。そうだよなぁ。というところがいっぱいありましたので、少し紹介します。主人公は同棲していた彼氏と別れて、一人でゴールデンリトリバー(リラ)と暮らすことになった女性です。

  1. 【主人公が彼氏と別れた後で、まだ、リラの病気が判明する前のことです。】リラは散歩の時でないとウンチをしなかったこともあり、自分の生活に制約があったことから、主人公は、「もっともっと思う存分仕事をして、会社、社会に認めてもらいたい。恋もしたかった。おしゃれもしたかった。別れた彼氏を見返したかった。リラがいなかったら。いっそ、病気になって死んでしまったら。」と一瞬思ってしまったのです。
  2. 【病気判明後の病院で延命治療の説明の後です。】先生は「犬にしてみれば、長い短いは問題じゃない。どれだけ濃い時間を一番好きな人と過ごせるか。それが犬にとって一番大切なことですよ。」と言いました。主人公はうつむきました。「そこには、リラの目があった。まっすぐに私だけを見つめている。私だけを信じて、私だけを頼りに、ここにこうして生きている・・・」
  3. 【リラが亡くなった後思い出します。】リラの大好きだった散歩道。角にはキンモクセイ。イチョウの葉っぱが落ちた後の黄色に染まった歩道。白梅のいい香り。タンポポ、ペンペングサ、それから石ころ、蟻んこ、ガム、セミの抜け殻など、リラがいつも愛おしんで話しかけていたものたち。立ち止まらなければ決して気づかずに、通りすぎてしまうようなものたち。もしリラが生き返ってあと1時間だけ神様が時間をくれたら、ゆっくり散歩して、好きなだけ道端にあるどうでもいいようなものを探索して、そして・・・。

 私も、犬と暮らしていると毎日の散歩(特に雨の日)や家族で自由に旅行に行けないなど、時に面倒くさいなあと思う時もあります。しかし、愛犬に私を信頼しきっている目で見つめられると(単におやつをねだっているだけかもしれませんが)、そんな考えも吹き飛んでしまいます。

 愛犬は、散歩の途中でよく立ち止まるので、私も足を止めます。「桜のつぼみが大きくなってきたなぁ。道端にもきれいな花が咲いているけど、なんという花だろう。この前、公園の芝生の上で仰向けに寝転んで広~い青空を眺めたけど、本当に久しぶりだったなぁ。」この本を読んで、愛犬との散歩でなければ気づかないこと、できないことがたくさんあることに気づきました。

 今、世界中で、新型コロナウイルス騒動によって、日常生活が脅かされる状況にあります。早く、普通の生活ができるようになってもらいたいと思いますし、これからも、些細なこと、どうでもいいようなことが普通にできる世の中であって欲しいと思います。