新潟県退職者連合 顧問
早川 武男
自宅がある世田谷の町内で「下駄の先生」と慕われていた作家・半藤一利さん。その妻、末利子さんが――長岡市出身の作家・松岡譲と夏目漱石の長女筆子夫妻の4女――今年4月に「硝子戸のうちそと」を上梓された。半藤一利さんの追悼本であるが、見送るまでの日々が妻の目で描かれている。
半藤さんは亡くなる日の真夜中、未利子さんに「起きている?」と声をかけられ、「(4日間ほど下の世話をさせたことに)あなたにこんなことをさせるなんて思ってもみませんでした申し訳ありません。あなたより先に逝ってしまうことも本当にすみません」としきりに詫び、朝方、息を引き取られたとのこと。
2019年8月に酔って転び大腿骨を骨折。最初の手術が上手くいかず再手術するはめに。その上、リハビリ病院の杜撰な処置も重なり闘病生活は長引いた。2020年の暮れには体力も衰え、年明け早々に帰らぬ人となった。
半藤さんは文藝春秋社に勤めていた当時から酒豪で鳴らし、銀座に本社があったころは界隈でも有名だったらしい。リハビリ病院の認知機能をみる検査でも、医師の「1番好きなものは何ですか」との問いに「お酒です」と応え、「いま1番やりたいことは何ですか」との質問には「お酒が飲みたいです」と応じられたそうだ。見事な酒仙ぶりを発揮されている。それにしても死に際に、妻に下の世話と先に逝くことを詫びるとは立派すぎる。未利子さんも「彼は夫としては優等生であった。あんなに私を大切にして愛してくれた人はいない」とおっしゃっている。
私もお酒は大好きだ。齢とともに量はからきし駄目になったが、相手の注ぐ酒は相好を崩して受けてしまう。見目麗しい方ならなおさらだ。だからか、酔っぱらって転倒し顔面制動を2度も経験した。1度は救急車で運ばれたが、この時は女房も付き添ってくれた。治療後、呆れ果てたのか、私に対する彼女の眼差しは未利子さんのような優しいものでなく、顔の傷は痛かった。