「人生下り坂で」

新潟県退職者連合 幹事(新潟県退職教職員連絡協議会 会長) 大坂 和夫

 

 新退教(新潟県退職教職員連絡協議会)の会長に就任して2年目、今年の各支部総会等での挨拶は、枕として朝ドラ「なつぞら」の話から始まり、落ちはこれもBSプレミアム「心旅」の火野正平さんの名言「人生下り坂最高」で通した。

 退職してよかったことの一つにゆったりとできる時間があることだ。退職後の3年間は嘱託であったがそれでも現職時みたいに7時30分前には家を出ることもなく8時までゆっくりと過ごすことができ、BSではあるが朝ドラの味をしめた。今は、特段用がなければ午前中は新聞とテレビ視聴三昧である。印象に残る朝ドラは、戦前、戦中、戦後の社会背景の中で主人公や取巻く人々の生活に共感できるドラマだ。

 私自身も昭和の20年代生まれとして物的には豊かでなく、親には何かと「もったいない」の小言を言われ、いつも腹を空かしていた少年時代だった。それでもその時代に生まれたことは不幸ではなかった。戦争のない時代に生まれたことだけでも幸せであり、つるみ戯れて遊ぶ同年代の仲間が周りには多くいて心は豊かだったと思う。

 今秋、長野の友達の案内で松代大本営地下壕を見学してきた。パンフレットや案内者の説明等によると戦局が悪化し、本土爆撃が始まった1944年7月、本土決戦に備えて大本営や政府機関を移転する計画が極秘に行われ、東条内閣最後の閣議で承認された。そして、日本の敗戦が濃厚の1944年11月11日から終戦の8月15日まで、300万人以上といわれている労働者を動員しての突貫工事で全体の75%が完成した大地下壕だ。

 建設にあたって多くの勤労奉仕、学徒動員等の日本人や多くの朝鮮人労働者等が強制的に従事させられた。また、沖縄戦は松代大本営が完成し、本土決戦の時間稼ぎで捨て石のためである等の話や広大な松代大本営地下壕の一部であるが公開されている象山地下壕跡を見ると、戦争の愚かさとともに決して忘れてはいけない思いを強く持った。

 今、安倍政権による憲法改悪等の動きは、まさに戦争という多くの犠牲で得た平和国家に対する挑戦だ。子や孫等子孫が安心して暮らせる社会の実現のため、私自身も「人生下り坂最高」と言える生き方をしたいものだ。