国民民主党と立憲民主党の県組織の発足。私の少数意見

早川 武男(会長)

 9月上旬、国民民主党の新潟県総支部連合会が発足。幸いなことに発足大会にお招きいただいたので、大会を傍聴し交流懇親会にも出席した。

 大会は、この党の党員の方々はもちろんのこと、支持者の皆さんの真面目さが投影されたように粛々と進められた。特筆すべきは「民進党は、国民民主党、立憲民主党、無所属に分かれてしまいましたが、政権交代の受け皿となる野党として再び一つにまとまる日がくると信じ、連携の要となるよう努めます」との大会宣言。交流懇親会を含め出席者全体がそのような雰囲気を醸しだしていた。立憲民主党の対応いかんによっては、この雰囲気は憎しみに変わる恐れを感じたのである。私も、一つにまとまることを期待しているが、杞憂であることを祈りたい。

 この大会前に、梅谷代表をはじめ四役の方々が、退職者連合の事務所にお見えになられたので、しばし談笑。そのさい「地方においては立憲の皆さんの悪口を言わないようにして欲しい。立憲の方々にもお願いするつもりだ」と申し上げたところ、全面的にご賛同いただいた。

 下旬に、今度は立憲民主党新潟県連合の設立大会が開催され、ご招待賜ったので喜んで参じた。
 
出席者などの規模は国民民主党とほぼ同じか、若干多いかなあという感じ。
 会議は次第通りに進んだが、秀逸は、速水設立準備委員長の「良いも悪いも戦後の日本政治を推し進めてきたのは保守本流とういう太い流れであり、リベラルという言葉を使うかどうかは別にして、そのような価値を大事にして政治を進めてきた潮流が存在した。立憲民主党は保守といわれてきたそのような層の受け皿にもならなくては」とのご挨拶だ。

 私は、いわゆる保守本流の政治――大平正芳元総理などが推進してきた政治――とは、「大きな企業ばかりが恩恵をうける」「所得や地域の格差がますます広がる」「質問者にヤジを飛ばし不利な事実には平然と論点をすりかえる」といった安倍政治と真逆であると思う。大平元総理が上梓されたものや、娘婿の森田元運輸大臣の回想録などを読み返すと、なによりも平和と市井の人々の安寧な生活に重きをおかれていたことが分かる。求める社会像にそう違いはない。だいたい、穏健な保守層の支持を得なければ政権なんぞ夢のまた夢でもある。

 大会後の枝野代表のご講演はさすがに含蓄に富んでいた。ただ、誤解を恐れずに申し上げれば、「理念と政策の一致」の強調はあまりに純血主義にみえてしまい、党の周辺にいる方々を他へ追いやることにならないか心配である。綱領の「多様性を認め合う」との趣旨をふまえ、そこはやや柔軟に構えるとともに、むしろ「決まったことは守る」という作風づくりが大切ではないか。民主党混乱の一因はそれをやれなかったからだ。
 所詮は少数意見と思うが。